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着物美人gon。

Author:着物美人gon。
日本人の民族衣装である着物。
日本に生まれ、日本に育ち、神社仏閣、四季をみて、日本っていいな~と思うのに、なぜか着物世界だけは憧れるだけ! という人。多いですよね。
せっかく日本人として、生まれ育っているのですから、
着物のいろはを覚え、着衣できるように、楽しく覚えていきましょう♪
なんたって、日本の国の人だもの。大丈夫です。着物は日本人の体型や、心にピタッとあうようにできているのです。
きばらず、考えすぎず、心に感じたまま、着物を楽しみましょう♪


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「前へゆくようでも、一丁のうちに十間は後へ戻る」といわれているように
花魁道中は江戸吉原では正月または八朔、
京都島原では四月二十一日に、
裲襠姿で八文字歩き、早朝からつめかけた観衆の目をうばった年中行事でした。

その独特ある歩き方は、正面を向いて決して横を見ない。
そして、眼は常に足と並行に、手を懐ににしたまま、まず足を左より進めます。
その位置を中心にし、左方に半弧形をえがいて踵だけを下ろし、次に履物全体をおろす。

これがかなり高度なテクニックが必要だったのです。

もし過って転んだりすると大変。
小さいころから、花魁と見込まれた人は八文字歩行の練習したそうです。

しかも一番厄介なのが重くて高い下駄を用いていたこと。

この下駄は吉原の遊郭の均衝をとるために
丈高く見せねばいけないというエゴの象徴でもありました。

そんな下駄がはかれるようになったのは
江戸時代、京都島原の花魁が特別にあつらえたときからだといいます。

道中は毎日行なわれていました。

鳶の者二人が金棒を曳いて先に立ち、
続いて妓楼の若い者が遊女の定紋入りの提灯をさげます。

太夫は三枚歯の駒下駄で八文字を踏み、前に振袖新造二人、横に禿二人、後ろに番頭新造二人が長煙管と煙草盆を持って従うというスタイルでした。
下駄もはじめは三枚歯オンリーだったようですが、
後には二枚歯と混用されたようですね。

しかもヒールは高く、今の厚底パンプスなんて、甘い甘い。
履きこなすだけでも、足、腰が筋肉痛になりそうです。

そこまでして見せつけたい花魁道中も

昭和33年の売春防止法により、吉原は閉鎖。
私たちは、浅草で年に一度おこなわれる、お祭りで見るしかできません。






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