プロフィール

着物美人gon。

Author:着物美人gon。
日本人の民族衣装である着物。
日本に生まれ、日本に育ち、神社仏閣、四季をみて、日本っていいな~と思うのに、なぜか着物世界だけは憧れるだけ! という人。多いですよね。
せっかく日本人として、生まれ育っているのですから、
着物のいろはを覚え、着衣できるように、楽しく覚えていきましょう♪
なんたって、日本の国の人だもの。大丈夫です。着物は日本人の体型や、心にピタッとあうようにできているのです。
きばらず、考えすぎず、心に感じたまま、着物を楽しみましょう♪


記事に関してのお問い合わせ、執筆依頼、取材はコメント欄の非公開コメントとしてご記入ください。後ほど、ご連絡させていただきます。


当ブログ内に掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。すべての文章は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

まとめ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
美人薄命という言葉がある。
美しい人は、とかく病弱であったり、数奇な運命にもてあそばれたりして、短命な者が多いという意味だ。

その言葉そのものの人生を歩んだ人がいる。

591cac2c_20101110125859.jpg

唐人お吉。

本名は斉藤きち。
天保12年11月10日、愛知県知多郡内海に、舟大工市兵衛の次女として生まれた。
4歳のとき家族で下田に移り、14歳で芸妓となる。
新内明烏(しんないあけがらす)のお吉とうたわれるほどの評判で類い稀な美貌をもつお吉。
その評判が奉行所の目にとまり、17歳の時に法外な年俸と引替にアメリカ総領事タウンゼントハリスのもとへ侍妾(じしょう)として奉公にあがることとなった。

しかし当時の日本は外国人の元で働くというということは一番卑しい身分の者といわれていた。
ハリスが日本にいる間は陰口いわれようとまだ人間らしい生活をしていた。
しかしハリスが帰国した後、お吉の人生はさらに厳しく哀しいものになっていく。
ハリス帰国後の幕末、維新の動乱の中、芸妓として流浪し、故郷である下田にもどり、
髪結業を始めたが、夫と離別。
小料理屋「安直楼」を開業するが2年後に廃業。
お吉に運はむいてこない。

ハリスの侍妾という職業についたことで「唐人」という世間の罵声と嘲笑をあび続けるお吉。

貧困生活で身をもちくずし、生きる気力もどんどん消えてしまった。
そしてとうとう明治24年3月27日の豪雨の夜、下田蓮台寺の稲生沢川の淵へ身を投げ自らの命を絶ってしまう。
享年51歳。
波瀾にみちたお吉の人生は哀しすぎるものであり、寂しいすぎる終幕。
聡明さ、利発さ、美貌があっために不幸になったお吉。
美人薄命とはまさに唐人お吉の人生そのものといえる。

幕末開国で日本が大きく変動した時期の犠牲者、着物美人の運命は、今きいてもはかない。

にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ こちらも登録はじめました。ヨロシクお願いいたします。

にほんブログ村 歴史ブログ 諸文化の歴史へ こちらも登録はじめました。ヨロシクお願いいたします。

ブログランキング・にほんブログ村へこちらもよろしくお願いします。



本日のオススメの品



薄藍地切り嵌めお太鼓柄と全通縞柄のリバーシブルの洒落袋帯です。
少し薄手の芯無し仕立て。

杢の薄藍地に様々な絣柄を切り嵌めたお太鼓柄。
柴色に黒と錆朱のやたら縞を織り上げた
素朴な洒落感のリバーシブルのお品は使い勝手もいいですね。

生地は正絹。幅31.5cm、長さ376cm。
スポンサーサイト

<< 立ち止まる。 | ホーム | 究極の日本美人1 >>

コメント

コメントの投稿

URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。